安芸グランドホテル
ブランディングにより売上低迷のホテルショップを活性化させる
瀬戸内エリアに特化したコンセプトや商品構成の提案、空間デザイン、ネーミング、ロゴ、VMDの総合的なブランディングで前年比300%の売上を達成
日本三景の一つ、安芸の宮島を対岸に望む広島県の「安芸グランドホテル」内にオープンしたショップ「瀬戸内づくし」は、店舗のコンセプトづくりから空間デザイン、グラフィックやロゴの開発に至るまで、teamSTAR®︎の総合力が発揮された最新事例です。
ここでは、VMDの考え方を含め、インテリアデザインを牽引したCommerce Design Centerの伊藤亮平さん、グラフィックデザインを手掛けたclipの奥瀬麻実子さんと、2003年から設計、ブランディングの両面から同ホテルの価値向上に取り組む佐竹永太郎との対話から、店づくりのプロセスを振り返ってみたいと思います。
— まず、クライアントから求められたことを教えてください。
佐竹(以下、S):オープン当時から売店があったものの、低迷する売上を改善したいというのが一番の要望でした。そこで、私たちは「無個性でどこにでもある今の品揃えでは、店舗を綺麗にしても売上を上げることはできません。瀬戸内産に徹底的にこだわり、瀬戸内圏内だけで、商品ラインナップを構成してください。」と、最初のブレインストーミングで提案しました。
売上を上げるには、商品、サービス、空間の三つが欠かせませんが、どこでも買えるような商品に問題があると感じ、コンセプトを明確にして、店舗の顔をはっきりさせることから始めました。
ここは宮島という世界的な知名度がある場所なので、商品は瀬戸内のものだけに特化すべきだと考え、それをストレートに表した「瀬戸内づくし」という店名を提案し、すぐにマーチャンダイズを含めた売り場のデザインに経験豊富な伊藤さんに声を掛けたのです。
— 伊藤さんはどのような考え方でデザインに取り組んだのでしょうか。
伊藤(以下、I):以前の店舗は入り口が閉鎖的で入りづらく、什器の持ち込みで内装のデザインもバラバラで、100坪の店舗のうち使えるのは手前2/3程度でした。また、店舗から階段を挟んだ向かい側には改装を終えた開放感のあるラウンジがあり、そこからどのように店舗の奥にお客さまを引き込むか、改修済みの周辺環境とどのように融合させるか、という点から検討を始めました。
S:前回のラウンジ「シーガル」の改装では、高い天井と壁のない場所を、海の景色を主役としながら、空間が間延びしないように柱型の家具、床のレベルと素材の変化でエリアを分けて心地よさをつくりました。今回のショップでも同様に海を主役としながらも、天井が高くなく奥行きが深い100坪の広いショップが間延びしないようにするためのエリア分けが必要。そして外の光が強すぎて商品が暗く見えてしまうという課題の解消が必要という話を最初にしていましたね。その条件をもとに、空間デザインは伊藤さんにリードしてもらいました。
I:店内での人の動きを考える中で、ボトルネックのような入り口を解消し、奥までお客さまをスムーズに誘導し、いかに回遊してもらえるかがこの店舗のポイントだと思っていました。また、店内からは宮島の景色が圧倒的な存在として見えるので、瀬戸内海を見せることと商品を見せることを両立させるかを突き詰めて考えていく中で、ふと、ホテルの遊覧船から見た時にも魅力的に見える店づくり、という案が浮んだのです。
— それは、窓の外に向けて顔をつくるという意味ですか?
はい。ガラスカーテンウォールと並行に店舗の長手方向いっぱいに、藍の暖簾を掛けました。入り口に顔をつくって敷居を感じてしまうより、買い物中に宮島の景色と店の顔がいつも一緒に見えるようにすれば、この場所だけの眺めを提供できると考えたからです。船からみると、あそこはなんだろうと興味をひきます。暖簾の外となる店内の1/5ほどの窓際のエリアは、海を眺めるレストスペースとしました。カウンターとソファーを配置し、カフェとしても使えます。そして、その暖簾は、南からの強い太陽光を遮り、室内側の商品を見やすくすることにも貢献しています。
— ゾーニングについても教えてください
I:商品を買っていただくには、“ストーリー”がとても重要です。ここでは、瀬戸内に特化するというコンセプトに基づき、商品の背景をきちんと伝えながら、マーチャンダイズを組み立てるきっかけとなるようにゾーニングの整理を行いました。「お土産」「ファッション」「レストスペース」の構成がちゃんと空間的に分かるようにしながら、「土産」のゾーンについては、商品が埋没しないように役割をあたえ、配置整理された日替わりで商品が並ぶ「TODAY’S 瀬戸内」と、ポップアップ的に使える「CLOSE-UP 瀬戸内」というコーナーを提案しました。
これは、ただ商品を並べるのではなく、陳列の仕方や編集の仕方を工夫することで、商品に注目させるコアをつくり、気づかずに通り過ぎてしまわないことに繋がります。ここに並ぶ土産物に言葉を、いや、命を吹き込むというアイデアです。また、土産物コーナーは、以前は商品が平積みされていて、雑然とした印象がありましたが、図書館の本棚を参考にして、商品(フェイス)を見せる場所と保管(ストック)する場所を分けるようにした、オリジナルの陳列什器をデザインしました。
S:物販店では、商品量の大小で売り場が荒れてしまうことがありますが、図書館の手法は、そうした課題をうまく解決していますよね。伊藤さんたちのポリシーは、商品をいかによく見せるか、そして商品にストーリーを乗せてお客さまに伝え、売上につなげていくかという部分で、ショップの本質を理解しているからできるデザインです。セレクトショップで用いられる編集陳列の手法です。
–理にかなっているのですね。窓際のカウンターはどのように使っているのでしょう?
I:ここにはレジがあります。クライアントは当初、パティシエ厨房前にレジを希望していたのですが、それではボトルネックになってしまいます。入り口付近は、いかに広く見せ、奥まで歩いてもらうかが重要だったので、悩んだ上で奥の窓際の一角にレジカウンターを設けたのです。
商品陳列とディスプレイが一緒になったカウンターにこだわったので、レジ周辺でも楽しい買い物体験ができるようにしました。悩んだ配置も入店したときの正面になるので、スタッフさんが店内全体を見渡せますし、お客さまをお迎えするような雰囲気もつくり出せてよかったです。
–暖簾に描かれたシンボルマークも効いていますね。グラフィックデザインはどのように発想したのでしょうか。
奥瀬(以下、O):ホテルやお土産物という性質から、ここで手掛けるグラフィックには幸せが詰まっていてほしいという気持ちが一番にあり、それを形にできないかなと考えていきました。宮島は外国からのお客さまも多く訪れる場所なので、日本の人には誇りに思ってほしいし、海外からのお客さまには日本のエッセンスを伝えたいと考え、シンボルマークには“宝尽くし”と呼ばれる縁起の良い伝統文様より、巾着袋のモチーフを使っています。
I:シンボルマークでは、巾着袋の中に入る情報が多くて大変だったのでは?
O:そうですね、凪いだ海のイラストなど、グラフィックに含める要素は多くある中で、ゴテゴテと説明的にするのではなく、伝えたいことを凝縮し、シンボリックに表現するのが難しかったところでしょうか。また、ロゴタイプにおいては瀬戸内のスーベニアショップだと伝わるように、文字のエレメンツに水を意識したアレンジを加えています。
S:「瀬戸内づくし」という名前は最初にきまっていましたが、「せとうち尽くし」なのか、「瀬戸内尽くし」なのか、「瀬戸内尽くし」なのかなど、ニュアンスにこだわりました。利用者目線で、わかりやすく親しみを持ってもらえるようにしつつ、セレクトショップのクオリティーを感じてほしいという思いもありました。
O:今回は暖簾やサインなど、グラフィックが入る場所が決まっていたので、空間の中でロゴがどう見えるかを意識し、かつ、パッケージデザインなどへ展開しやすいようにバランスを取りながら調整し、絞り込んでいきました。ロゴのデザイン制作には、個性やイメージの発信、価値を高める効果が期待されますが、私たちは、そこで働く人が誇りを持てるデザインであることも大切だと考えています。商品のみならず、このショップに関わる人すべてが宝です。訪れたお客さまはもちろん、スタッフにも幸せな気持ちになってほしい、そんな思いを込めてデザインしました。
— 暖簾やタイルの色は、どうやって決めたのでしょうか。
I:ここでは、海の景色や風の動きなど、この場所で感じられる海との距離感をできるだけ近づけたいという思いがあり、徹底的に青を使い切ろうと考えていました。そして、青がしっかりと目に入るように、他のマテリアルはできるだけ“控え”にまわるようなデザインをしています。
S:海の色とともに、瀬戸内はデニムで有名なので藍染めとも重なるので藍色がいいねって。また、壁際まで商品で埋め尽くすとごちゃごちゃしてしまうので、奥には壁面サイズのグラフィックが欲しいと私からは伝えていたのですが、波をテーマにした立体的なデザインを伊藤さんが施してくれました。
I:動きのある波のグラフィックは興味を引く仕掛けになると考えました。また、インテリアの素材は広島にちなんだものを選び、ディスプレイテーブルとレジカウンターには、牡蠣の殻を混ぜた洗い出しを採用しています。よく見ると貝殻が見えるんですよ。他にも、白壁には牡蠣パウダーを混ぜた左官材を使うなど、広島と触れ合う素材により、インテリアデザインとしても「瀬戸内づくし」を追求しています。
— コンセプトが仕上げ材にも及んでいるんですね! 最後に、このプロジェクトにおける、team STAR®︎としての連携について印象を聞かせてください。
O:私の場合は、普段はエディトリアルやウェブ・映像のクリエイターと、メディアの中でどう発信していくかを考えていくことが多いので、今回は、建築やインテリアを設計する皆さんの視野やスケール感がまったく異なることが新鮮でした。フレキシブルに広がるチームで、各自の役割が明確にある中で、任された部分に特化しながら一緒にデザインを進めていくというのは、とても心地良い経験でした。
I:エスティエイアールの社内だけでなく、プロジェクトに応じたメンバー構成により社外の人たちが集まって、共に頭を悩ませながら進めていくというのは、とても前向きでおもしろい方法だと感じます。また、何か問題があったときは、餅は餅屋ではないですが、「じゃあこの人に聞いてみよう」と即座に行動に移せるのは、teamSTAR®︎という仕組みがあるからできることだと思いました。
— 今日のお話から、写真から見える色や形だけではない、人の動き方やコミュニケーションをもとに組み立てられたデザインの背景がよくわかりました。ありがとうございました。
構成・文:IDREIT
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ホテルショップ【瀬戸内づくし】
-SERVICE
ブランド戦略/インテリアデザイン/顧客体験デザイン/VMD(vジュアルマーチャンダイジング)/家具デザイン/コンセプト・ネーミング/ロゴデザイン/グラフィックデザイン/照明デザイン
-DESIGN TEAM
CREATIVE DIRECTOR
佐竹永太郎(STAR)
MAIN DESIGNER
伊藤亮平(Commerce Design Center)
SUB DESIGNER
奥原香菜(STAR)
SUPPORT
蒲原康平(Commerce Design Center)
LOGO&GRAPHIC DESIGNER
奥瀬麻実子(clip)
商品構成
斎藤友紀子(鈴木商会)
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STARのhpにも「瀬戸内づくし」が掲載されています。